英語を話したくて勉強しているけど、全然しゃべれるようにならない。
何年も何年も学校で勉強したのにしゃべれないなんて、日本の学校教育が間違っているんじゃないの?
結論から言えば、英語はいくら勉強しても話せるようにはなりません。
なぜなら英語を話すということは、スポーツや楽器の演奏と同じように身体技術を要するものだからです。
英語の勉強はムダ?いくら勉強しても英語が話せない理由。
日本では中高大学と、人によっては10年も英語を勉強しているのに、全くといっていいほどしゃべれない人がいます。
方やアジアの国々へ行けば、学校に通ったこともないのに英語を話す人が沢山いてビックリさせられます。
これを聞いて
やはり勉強は無駄なのか。
才能のない凡人がいくら努力しても決して報われないのだろうか。
と落ち込むのはちょっと気が早いです。
何か一つでも、例えばサッカーでもピアノでも、料理や格闘ゲームや車の運転でも、技術を学んだことがある人ならわかると思いますが、頭で勉強するだけではなく、実際に手や体を動かさないと何も身につきませんよね。
当たり前のことですが
ピアノはピアノを弾かないとうまくなりませんよね。
鍵盤にも触れずに一生懸命ピアノの弾き方を勉強して、いざ発表会で弾くことになっても全く弾けません。むしろ弾けなくて当然です。そこで落ち込む必要なんてないし、ましてや、
「まだまだ勉強量が足りなかったんだ、もっとピアノの勉強をしなければ...。」
という事にはなりませんよね。
学校で英語の勉強はたくさんしても、英語をしゃべる練習をしてないのですから、しゃべれなくて当然です。落ち込む必要なんてこれっぽっちもありません。
やっぱりこれも当たり前のことですが
英語を話すのは英語を話さないとうまくなりません。
勉強よりも練習
もうおわかりですよね。我々に必要なのは勉強じゃなく、練習なんです。
ピアノを練習する時は、何も考えずに自然と指が動くようになるまで、体に覚えこませますよね。
英語もそのレベルまで繰り返し反復練習しなければなりません。
圧倒的に足りないのは練習量です。
練習よりも本番
もう一つ付け加えるなら、練習よりもさらに本番の方が重要です。
適度なプレッシャーと、必要に迫られた時の火事場のクソ力的なものの効果も相まって、数多くの練習よりもたった一度の本番があなたの技術を爆上げします。
もちろん、練習に意味がないと言いたいのではありません。実際プロのアスリートでも基礎練習は怠ったりはしないでしょう。
しかし本番を想定しない練習にはあまり意味がありません。俗に言う練習のための練習です。
こんな練習本当に意味があるんだろうか?という練習を部活のイジワルな先輩に繰り返しやらされた経験はないでしょうか。
これは教える側にとって都合のいいことで、本番のための練習というのは人それぞれの目標にあわせてやるべきことが変わってきますが、練習のための練習はみんな同じメニューでいいので、教える方にとっては非常に楽チンです。マニュアル通りに教えればいいだけですから。
教わる方をも余計なことを考えずに言われたことだけやっていれば、着実にそれっぽいことができるようになっていき、手軽に上達した気分を味わえるので、共に充足感に満たされます。
しかし、練習のための練習をやり遂げた達成感に軽く祝杯をあげるために近所の鳥貴族に向かう前に、一度立ち止まってよく考えてみてください。
英語で早口言葉が言えたり、”supercalifragilisticexpialidocious”という単語が読めたり、大統領のスピーチを丸暗記することがあなたの人生にとって重要でしょうか?
そんなことより、スタバ行って英語でキャラメルフラペチーノをトールサイズでキャラメルソース増量、チョコチップ追加、あ、ミルクは豆乳で、と注文できる方が、あなたにとってよっぽど重要ではないでしょうか。
もちろん、どちらも重要じゃないという私やあなたには、自分なりのキャラメルフラペチーノがあるはずです。
まとめ
散々勉強よりも練習だ、いや本番だと言ってきましたが、かといって勉強がいらないというわけではありません。
母国語を身につける子どもとは違い、大人になってから第二言語を学ぶのであれば、勉強は必要不可欠です。
理論や法則も知らずに、闇雲にピアノを弾き続けるよりも、理論を学んだ先生に教えてもらった方が成長が早いのは明らかですよね。
手軽に英語を話せる方法として
1海外に行く
2近所の外人バーで
3オンライン英会話スクールに入会する
理想は1ですが、現実問題として難しい。酒が好きだったり、見知らぬ人に気軽に声をかけれるメンタルの強さがあれば、2でもいいですが、おすすめは3です。
実践練習に最適なのがスカイプ英会話。月々数千円で会話の練習ができます。
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