店主の独り言 英語学習

フィリピン留学体験記その2 45口径のある光景

とりあえず一旦ホテルに戻りちょっと一息。

先の一件ですっかり外に出るのも億劫になってきたので、このままホテルに引きこもりダラダラ過ごそうかとも思ったが、よく考えると結局朝から何にも食べていない。

一応地球の歩き方を開いて見てみるも、特に面白そうなスポットがあるわけではないが、数少ない選択肢の中から僕は、アジア最大級のデパートSM Mall of Asiaというのに目をつけた。

その広さ実に東京ドーム8個分。

一体、この広さの単位に東京ドームを使う慣習はいつから始まったのだろうか。大きいということだけはわかるが、元巨人ファンの僕にとってさえも、いまいちピンと来ない。ピンとこない理由の一つとして単位が”個”というのも引っかかる。東京ドームという、かなり大きなものなのに単位は”個”。レモン100個分のビタミンCと聞くと、とても多いように感じるが、東京ドーム8個分と言われてもあまり大きいような気がしないような気がする。富士山は東京タワー12個分とか言わないし。とか、東京ドームができる前は何を1単位にしていたのだろうか。とか、部屋に一人でいると無駄に思考がぐるぐる旅を続けるので、美人局との格闘ですっかり疲弊した心と身体を奮い立たせ、思い切って外に出ることにした。

時間はあるが金は無い。土地勘を養うためにもブラブラ歩きながらのんびりそこを目指そうと呑気に考えた僕は、これから起こる悲劇をまだ知る由もなかった。

バギオと違い日中のマニラは予想以上に暑かった。帽子を目深にかぶり、汗ダラダラ垂れ流し歩いた。

途中小さなスーパーのフードコートで軽くワンタン麺の様なものを食べた。

そしてまだまだ、ひたすら歩く。

人がいない道を歩みたい性分なのか、縁石やブロックの上を好んで歩く少年のような心がそうさせるのか、地図を片手に片側三車線くらいの大きな道路の真ん中の中央分離帯の様な所を選んで歩いていると、やはり同じ様な考えをもっている奴が世の中にはいて、図々しくも専用道路をわが物顔で歩いている。

そいつを追い抜かすや否やの所で突然そいつが話しかけてきた。

「あなた日本人ね、どこかであったことあるね。」

あ~、また胡散臭いやつが出てきた。一度目は新鮮さがあったものの、二度目は単純にウザい。先の一件で疲弊した僕は、全く相手にしないことにしてひたすら歩き続けた。

「私ポン引きです。女の子紹介します。」

とかなんとか、奴はおかしなイントネーションの日本語を操り声をかけてくる。

「あなた男前ね、何処行くの?」

中途半端に相手してしまうと面倒臭い事になる事はもう学習済み。ここはやはり毅然とした態度で返事はノー。余りにしつこいので最終的には無視して歩き続ける。男は道路の向こう側の一人の男を指差し、

「あれ私の友達ね。」

などと言いながら、手招きをしている。チャンスだ。奴がよそ見している隙に歩調を早めて振り切ろうとした。遠くで何か僕に話かける声が聞こえているが無視して、まるで夜道で不審な男に出会った女性かのように早足で歩き続けた。しかし、不思議なことに早歩きで歩いているにも関わらず僕に話しかける声は次第に近くなって行く。

「生意気ダメよ。生意気いけない!」

どうやらさっき呼び寄せてた奴のお友達だ。しかもなぜかいきなり怒っている。しかしこちらはネイティヴジャパニーズ。おかしな発音の日本語でいくら怒られたところで全然恐怖を感じない。むしろおかしいくらいだ。笑いたいのをグッとこらえて、無視して歩いているとついに、

「45口径あるよ。生意気よくないね。金出せ。」

と言いだした。

そのたった一言でもう、まるきり世界が変わってしまった。あんなにおかしい日本語のイントネーションでさえ、なぜだか全然笑えなくなってしまった。

ポン引きの誘いを断ると銃で脅される、何てところだこの国は。胡散臭い奴に声をかけられたらそれが最後。相手にしてもしなくても、結局金をとられるのか。いや、でも本当に銃を持ってるかどうかもまだわからないし...。

とかなんとか考えながら、聞こえないフリをしてそのまま歩き続けていると、ずっと僕と平行して歩いていた二人が突然僕の前に立ちはだかり、そのうちの一人が僕の頭をパシッとはたいた。

僕のかぶっていた帽子が静かな音を立てて道路に着地した。

状況を整理する間も与えられずに、これでもかと奴らは顔を近づけ、金をだせ、ペソ出せ、10 万円出せ、と結構な剣幕てまくしたててきた。よく見ると奴の目が血走っている。ひょっとすると何かいけないお薬でもやっているんじゃないだろうか。

これは正直大ピンチ。きゃー、誰か助けて。と、あたりを見回してみると、道路を挟んだ向こうには平凡だがつつましくも穏やかな日常が広がっている。罪のない東洋人が地元の悪党どもに今まさにカツアゲされようとしているのに、この状況に誰も気が付いていないようだ。それともここマニラじゃ、こんな光景さえも平凡でつつましくも穏やかな日常のほんの一部分なのかもしれない。それならば状況はもう最悪。

今僕に与えられている選択肢は二つに一つ。黙って素直に金を払うか、それともボコボコにしばかれた挙げ句身ぐるみ剥がされ有り金全てを盗られるか。そこで僕が必死で考えてひねり出した新たな選択肢は、金を持っていないという事をつたない英語で必死にアピールすることだった。

ズボンのポケットの中身を全部出して、小銭をジャラジャラといわせながら、

「これで勘弁なりませぬか」

と懇願した。

むしろその行為が奴らの怒りを増長させたのか、次の瞬間に、僕の決死の金無いアピールの為にポケットから出したiPhoneを奴にひったくられてしまった!

これは大失態。もう絶体絶命である。

相変わらず拳銃の存在ををちらつかせながらの「金出せ円出せペソ出せ攻撃」に加えて、奴には「iPhone持ってそのまま逃げ出す」という強力なカードを手に入れた事になる。ここでiPhoneを盗られたのは非常に辛い。金を払って返して貰えるならむしろ好都合。金を払わないのなら帰ると言い出す奴を説得にはいる。

あっさりと交渉は成立。なんと1000ペソ(約2000円)でiPhoneを返してくれるそうだ。さっきは10万よこせと言ってたわりになんか安い気もするなあ、と正直思ったが、向こうの気が変わってしまう前に、念の為精一杯渋々感をだして1000ペソ払うと、血走った目の兄貴分らしき方がそれを独り占めして自分のポケットにしまい込んだ。

すると突然弟分の方がブチ切れて兄貴分に文句を言って喧嘩が始まった。

何だこいつら、いきなり仲間割れか。連帯感のかけらもない奴らだなぁ、とあきれる僕。

しかしすぐさまその怒りの矛先は当然の如くこの僕に。俺にも今すぐ1000ペソ払えという弟分。兄貴の方も便乗してもう1000ペソ払ってやれとうるさい。本気で殴りかかってきそうな勢いにひるみ、素直に1000ペソくれてやると、大人しくなり去って行く二人組。

やあ、何とか助かった、めでたしめでたし。いやー、ちゃうちゃう、ちょっと待て。

「俺のiPhoneはどうなった?ちゃんと金払ったやろ?返せよ。」

と言うと、しらこい態度でもう1000ペソ払えという。安易に払ってしまった僕が悪いのか、明らかにつけあがってる。もう余裕綽々である。そりゃそうだ。2000ペソ払ったにも関わらず奴の切り札「iPhone持って逃亡」カードは依然として奴の手の中にある。僕はもうそんな大金持ってないぞというと、じゃあ知らん、俺は帰る、いや、それは困る、とまた押し問答。

あたりは依然として平凡でつつましくも穏やかな日常。この状況で一番困るのは奴が走って逃げ出す事だ。

2000ペソとiphoneを失うことと、3000ペソを失ってiPhoneを取り戻すことを天秤にかければ答えは一つ。大人しくここはもう1000ペソ払ってiPhoneを返して貰おう。うん、そうだ。金で解決出来るならそれにこしたことはない。

文化や人種を超えたコミュニケーションのツールとして、必死で英語を学習してきたが、人類間の最強のコミュニケーションツールはなんだかんだ言ってもお金だということを、僕は今、身をもって学習した。

つまるところ、世の中結局金なのだ。

僕は宇宙の真理を悟りきった様な笑みを浮かべ、さらに1000ペソを払ってiPhoneを返してもらった。

完全に心が折れた僕は、肝心のSM Mall of Asiaにすら辿り着けずホテルへ直帰。もうこんな街はいやだと、部屋に引きこもり、ろくに外へ出歩かずにマニラを後にすることになったのでした。

もうちょっとだけ、続く

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