店主の独り言 英語学習

フィリピン留学体験記その1 美人局との死闘の巻

 

もう今さら授業内容がどうとかコスパがどうこうとか、そんなことは他の誰かが書いていると思うので、フィリピンで留学中に起きた珍事件のことについてでも書いてみようかと思う。正確には昔書いたものを加筆修正したもの。

かれこれ10年近く前だろうか、ドル円が70円とか80円だった頃のこと、3週間のフィリピン留学の最後にそれは起こった。

バギオーマニラ

何はともあれたった3週間という短い時間の学生生活を終えた僕は、フィリピン最後の休日を首都マニラで過ごすべく、金曜日深夜のバスに乗りバギオの街を発った。

長距離バスで一夜を過ごし、早朝のマニラで何とかホテルを探した僕は、やることなんて何にもないんで取りあえずあたりを散歩することに。そしたら5分とたたずに寄って来たのは、サングラスをかけて肌の露出が少し多めな、いかにも胡散臭い女。500ペソでマッサージできるよとか何とか言ってくる。こんな奴バギオには全くいなかった。僕は田舎町からついに都会にやってきたのだ、と感慨深い気持ちに浸りつつ、毅然とした態度であしらおうとするが、ちょっとやそっとじゃ彼女はへこたれず、しつこく付いてきてどうでもいい事ばかり話しかけてくる。ついてくるなと言っても勝手についてくるので、適当に相槌を打ちながらあたりを散策していた。

カジノ

ふと通りがかったカジノに僕が興味を示すと、ここのカジノは高いからもっと安いのを紹介してくれるという。
おっ、こいつ案外使えるではないか...、と感心している隙に奴は手慣れた手付きでタクシーを呼び止め、そこから数分の一見ただのネットカフェの様な、いや、どっからどう見てもただのネットカフェの、まぁカジノと呼ぶにはあまりにも恐れ多いとある場所に連れて行かれた。

十数台のパソコンがずらりと並んでいて、数人のフィリピン人がその前に座りマウスを片手にカチカチとパソコンの画面に映るスロットマシーンをしている。

取りあえず促されるがままにパソコンの前へと座ると、女は僕の分と自分の分で1000ペソずつ計2000ペソ(日本円にして約4000円)を支払えと言う。

「え?お前もやるの?」

フィリピンの物価に慣れた今となっちゃ2000ペソはちょっとした大金。さも当たり前の様に金を要求してくる図々しさに困惑しつつ、中々譲らない女を説き伏せ500ペソずつ1000ペソでプレイすることに。

そしてものの5分でそれは終了。

カジノと呼ばれるそれから出ると小雨がぱらつき始めた。

ほどよい土産話のネタもできたことだし、正直いい加減うんざりしてきたので、次は近所の公園に案内すると言う奴の誘いを断り、僕は今、モーレツに朝飯を、フィリピンのトラディショナルなブレックファーストをこの荒廃した僕の胃袋にブチ込みたいんだ、じゃあね。という事を伝えると、それならば私が小洒落たレストランに案内するわと言ってまたついてくる。

「あ、いや、そういうことじゃなくて、あなたといても楽しくないっていうか、現に5分で1000ペソなくなっちゃったし、早い話がひとりになりたいっていうか、その...」

などとつぶやく僕を尻目に奴はもうタクシーを捕まえている。内心、これは面白い話のネタになりそうだという下心が邪魔をして、なんかうまいこと断れずにいると、気付いたらタクシーに乗せられていた。そして奴は、近くに自分の泊まっているホテルがあり、その近くに何やら小粋なお店があると説明した。

なんと、実は奴はホテル暮らしだと言う。仕事もせずに朝っぱらからプラプラしているのに、なんでそんな金があるのかね、と聞くと、クウェートで働く母親が金を送ってくれるからだと言うのを半信半疑どころか全信全疑で聞いていた。

(この辺から100%奴の言葉を信じなくなったのは、別に僕が特別疑い深い人間で、心から人を信じられない器の小さな人間だからだと言うわけではないということをことさら強調しておいても悪くはないであろう。)

ホテルでの格闘

で、とにかくホテルに到着。フロントの前には確かに小ジャレた日本料理屋さん。

あれ?僕のリクエストは確かフィリピン料理だったはず。その辺りを突っ込んでみるも何かうまい事はぐらかされる。というか別にいいじゃないぐらいのノリで軽くスルーされる。おまけに奴の部屋から注文すれば店の人が部屋まで届けてくれるから、ゆったりくつろげて楽チンだと言う。

なるほど。どうやら奴は何とかして僕を部屋に連れ込みたいらしい。だが部屋に入ってからの向こうの手口がイマイチわからない以上、ノコノコとついて行くのは危険すぎると判断した僕はひたすらダダをこねはじめた。

「え?別にそこで食べたらいいやん。」
「いやいや、部屋の方が楽チンでしょう。お酒もあるし。」
「何か騙そうとしてない?」
「私はもっとあなたと仲良くなりたいのよ。」
「マニラは危険な場所だって聞くよ。」
「一体私が何をするっていうの?」
「とにかく、僕はあなたを信用している訳じゃないので無理。」

とか何とか10分ばかりの押し問答。

問答の最中どうやってここから抜け出そうかと考えてみるも、いかんせん奴はさっきからずっと僕の折りたたみ傘を持ったまま手放さない。これも奴の作戦か。余りに僕が引かないので、これで信用するでしょと言わんばかりに見せられたIDには似ても似つかぬ顔写真。

「誰?」
と聞くと、
「あたし。」
と言う。

裏返してみると、そこにはバッチリと生年月日が記載されていて、1993年生まれと書いてある。それを読まれたことを察知したのか、奴はすぐに奪いとるようにその未成年のIDを僕の手から取り上げ、鞄の中にそれをしまった。はは~ん、これは見られたくなかったんだな。と思った僕は問いつめる。

「自分25歳って言ってたよね?生年月日いつ?」

「えーっと、はちじゅう~…ゴネン、85年…かな?」

みたいな、もうしどろもどろ。

「1993年生まれって書いてたよね?どういうこと?」

「なんでそんなこと聞くの?馬鹿じゃない?」

明らかに動揺している。

話は依然として平行線。しかし確実に奴の表情や仕草から焦りと苛立ちの色がひしひしと感じられる。

形成はこちらが有利と判断し調子を良くした僕は、何とか話に折り合いをつけて、とりあえず飯は一緒に食べることに、部屋には行かないという事で合意。それじゃあ食事代250ペソをまず払ってくれと、レストランとは反対のホテルのフロントに連れてかれる。

「ここで?」

「そうよ。」

奴が何やらフロントの女性と話をするとやはり250ペソを払えと言われた。前払い制?あ、バイキング形式かな?と、思い金を払うと奴はフロントの女性から鍵を受け取る。もうこの辺から完全に意味不明。

「何その鍵?」

「ここに泊まってるっていったでしょ。」

 

今起きた出来事を頭の中で反芻して、必死で理解しようとする。え~と、まず俺が食事代をフロントに払うと、何故かフロントの女が奴にホテルの部屋の鍵を渡した。あれ?じゃあ俺の朝飯は??ん???絶対おかしいやん。いや、でも、しかし、その鍵を渡す行為自体はあらかじめ奴が部屋をとっていたとしたならとりわけそんなに不思議な行動でもなくって、ん~、それでもフロントの女は食事の話には一切触れなかったし、そもそもこんなとこで先に会計だけ済ますなんてシステムが、ここマニラでは普通なのか?やっぱりおかしい。俺の朝飯は?どこへ??もう話が全然違うやん!

 

果たして、僕が払ったのは本当に飯代なのか、それともホテル代なのか。そもそも奴らの会話はタガログ語で交わされていたため理解不能。急に一人称が変わるほど混乱した僕をおいて、待てというのにも聞かずにスタスタとホテルの奥へと進む奴。奥に行くに従って薄暗くなるホテル。一人がやっと通れるくらいの細い通路を突き進み奴は部屋の鍵を開けた。

どう考えてももうこれ以上は無理。ゲームオーバー。部屋の前に立ち僕は、ベットに座りこっちを見る奴に向かって、

「もう帰るわー。傘返して。」

というと、

「あんた何言ってるの?早く入りなさいよ。ここに料理のメニューもあるでしょ。今から注文するのよ。あんたなんか考え過ぎじゃないの?クレイジーね。」

とちょっとキレ気味で言ってくる。

女は甘やかすといけない。時には男はガツンと言うべきだ、と思い。

「I'm fxxking crazy. So I will go home.」

と言うや否や、明らかに奴の顔に今まで見たことのない表情が現れた。

怒りの炎が音を立てて、ボッと。

この状況でファッキンと言うのは不味かったのか。正しいfuckの使い方なんかダバオの英語学校で習わなかったぞ。やはり3週間の英語留学なんて短かったのか、と、少し反省しつつ、とりあえず傘を返せということを言うと、走り寄ってきてクルリと奴は反転。見事に奴は僕と僕が来た道の間に身体を滑りこませて決死の通せんぼをするのである。

「帰る」
「帰さない」
「帰る」
「帰さない」

奴は僕の両方の手首を掴んで文字通りの押し合いへし合い。向こうはは本気で押してくるのでなかなか素直に通してはくれない。一瞬本気でしばいてやろうかとも思ったが、さすがに相手は女、仲間も何処かにいるのかも知れないし。

そしてまた僕らは

「帰る」
「帰さない」
「帰る」
「帰さない」

あげくに、

「帰るなら私の時間はどうなるの?私の時間を返して。」

とか突然悪い男に騙された女みたいなセリフを言いだした。

ふざけたことばっか言いやがって、いつからそんな関係なってん。お前がそもそも勝手について来たくせに...、と言いたい事は山ほどあるが英語じゃ上手くしゃべれない。

何も言い返さずにいると、

「500ペソ。」

と奴はつぶやいた。

500ペソ払ってくれたら帰してやってもいいと言う。

2秒ほど時が止まった。

奴は僕の手首を掴んだまま、僕は右手でポケットから500ペソを取り出し左手にそれを持ち替え、できるだけ奴の遠くにその500ペソを掲げると右手で奴の左手の傘を掴む。が、奴はまだ傘を離そうとしない。

「Throw it」

投げろ、と奴は言う。

僕らはまるで不細工な社交ダンスを踊るようにして、手を取り合ったままぎこちないステップでゆっくりと90度ほどターンし、通路と二人の肩が平行に並んだあたりで僕は左手の500ペソを出来る限り遠くへ投げた。奴は傘を手放し、飼い主にボールを投げられた犬のようにその金を急いで取りに行った。

僕は振り返る事もなく出口へと向かった。

雨はもう止んでいた。

<続く>

フィリピン留学体験記その2 45口径のある光景

文化や人種を超えたコミュニケーションのツールとして、必死で英語を学習してきたが、人類間の最強のコミュニケーションツールはなんだかんだ言ってもお金だということを、僕は今、身をもって学習した。つまるところ、世の中結局金なのだ。

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